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キンポウゲ科の沼に沈みましょう。

種子のまき方について④ 形態生理的休眠の種子のまき方

 今回は,形態生理的休眠の種子の播種についてです。皆さんは,種を播いたのになかなか発芽してこなくて焦れた経験がありますか?前回の生理的休眠の種子は,秋に播種すれば,概ね翌年の春には発芽してきました。しかし,形態生理的休眠の種子は,早くて10ヶ月,遅ければ発芽までに数年を要する事もあります。どのような植物が属するか,どう管理すれば良いのかを以下で追ってきます。かなり長くなりますが,お付き合いいただければ幸いです。

形態生理的休眠とは

 種子の中にある子葉や根の元の組織が種が完成して散布時に完成していない上に,子葉や根の元の組織が成長しても,生理的休眠の種子同様特定の条件を経験しないと発芽できないようになっている種子のことです。ややこしいですね。この休眠は更にやっかいなことに,子葉や根の元になる組織(胚といいます)が種子の中で成長するために,特定の条件が必要になっている事が多くあります。つまり,この休眠形態の種子を発芽させるためには,多くの場合発芽までに2つの条件を満たさなければいけない,ということです。

 形態生理的休眠を持つ種子は,裸子植物ユリ科,シュロソウ科,ヒガンバナ科などの単子葉植物キンポウゲ科,ケシ科,セリ科,モクセイ科,ウコギ科,ガマズミ科など広範な分類群で見られます。共通点は,これらの科の植物が,有胚乳種子をつける,ということです。そもそも無胚乳種子では,胚乳の代わりに子葉が発芽後の幼植物体が成長するための栄養分を蓄えているため,そもそも胚が未熟であることはあり得ないわけです。ですので,有胚乳種子特有の休眠であると言えます。

 日本の植物の場合,概ね胚の成長が夏の高温を経験することにより始まり胚の生理的休眠は冬の低温により打破されます

オオツリバナの種子です。比較的休眠は浅く,散布翌年には発芽することが多いものの,形態生理的休眠を持つ種子をつけます。

種子の管理について

 さて,ざっくりと形態生理的休眠の種子は管理方法で2つのグループに分けることが出来ます。それは,初夏から夏にかけて種子が成熟する物と,秋から冬にかけて種子が成熟する物です。以下で詳しく見てみましょう。

①初夏から夏にかけて種子が成熟する物

 これは,主にイチリンソウの仲間やセツブンソウ,フクジュソウの仲間,カタクリやコバイモのような春植物,ミスミソウ属,オウレン属やクリスマスローズなどの種子が該当します。これらの植物の種子は,初夏から夏にかけて散布されてすぐに夏の高温を経験します。その後,冬に低温を経験し,春を迎えます。種子の中では,胚は夏の高温期に成長し,早いものでは晩秋に気温が低下し始めると発根し,冬を迎えます。その後,冬の低温で胚の生理的休眠が打破され,早春に発芽します。このため,採取した種子を乾燥させて秋まで保存し播種をすると,夏の高温を種子が経験できず胚の成長が始まりません。そもそも,春植物の種子は草体に対し種子が大きく作られており,乾燥をあまり想定していません。そのため,胚乳が脱水されると発芽率が大幅に低下する種類も多く,乾燥させて保存すること自体がリスクとなります。ですので,採取した種子はなるべくすぐに播種をして,湿潤な状態で管理するのが適しています

いずれも初夏に種子が出来る形態生理的休眠を持つ仲間です。左から,フクジュソウクリスマスローズオオミスミソウです。以前このブログで紹介しましたね。

 しかし,発芽までの期間地上部の何もない鉢を乾燥させずに管理するのは難しい,と感じる方もいらっしゃると思います。その場合,以下のような手段があります。

い) 植木鉢ごと庭に埋め込む方法

 庭に植木鉢が入る程度の穴を掘り,植木鉢を埋め込む方法です。適当に降雨がある場合は,あまり水を撒かなくても極端な乾燥から種子を守ることが出来ます。庭がない場合は,ポットに播いて,ポットごと大きなプランターに入れた土に埋め込んでも近い効果を得ることが出来ます。

ろ) 茶こし袋を活用する方法

 クリスマスローズの種子の保存で利用される方法です。茶こし袋にラベルと殺菌剤に浸した種子,パーライトをいれて,水はけの良い用土を詰めた植木鉢やプランターに埋めて秋まで保管します。秋になり,気温が低下し水の管理が楽になってから取り出し,播種をします。このとき,あまり気温が低下してから播種をしようとすると,茶こし袋の中で種子が発根を始めてしまい,苗を傷める可能性が高まりますので注意します。

 

 さて,このタイプの種子は採種後すぐに播種し,夏の高温を30~60日間経験させ,その後冷蔵庫内で低温を60~90日間経験させてやることで休眠を打破することが出来ます。5月の頭に採種したとして,10月~11月に発芽させられる計算です。一部のクリスマスローズの生産者では実際に行われている方法です。が,私は全くおすすめしません。まず,促成を行う場合,自然に発芽させるより発芽率が低下します(一般的に,ですが)。次に,クリスマスローズでさえこの時期に発芽させ通常通り成育させるには十分な加温が必要です。加温できない場合は良くて成長が止まりぐずつき,悪ければ霜で枯れてしまいます。常緑のクリスマスローズでさえこうなのです。こんな時期に春植物を無理矢理発芽させられたとしても,満足に成育させるのは大規模な施設でもない限り不可能です。ですので,特に春植物の場合はおとなしく春に発芽してくるのを待つのが賢明です。なお,加温が可能で細やかな管理が出来るぞ,という方はこの方法でクリスマスローズの生育を半年繰り上げることが可能です。常緑のオウレン属は同様の方法で成育を早められる可能性があるほか,ミスミソウ属も,子葉へのジベレリン処理と組合わせることで開花までの期間を短縮できる可能性があります。自己責任ではありますが,我こそはという方は是非チャレンジしてみてください。

エンレイソウ属も,こちらのグループに属すると考えられますが発芽に至る条件がはっきりしていません。栽培条件下では,多くの種子が播種後2年目の春に発芽してきます。おそらくはユリ属の一部のように地下発芽型なのだと考えられますが,はっきりしていません。今後の研究による解明が期待されます。

②秋から冬にかけて種子が成熟する物

 こちらは,トリカブト属やサラシナショウマ属,ユリ属※,ウバユリ属,アマドコロ属,ボタン属,トネリコ属,ウコギ属,ハリギリ属,ガマズミ属など秋に種子が成熟する植物が該当します。これらの植物の種子は,胚の成長に夏の高温を経験する必要があるにもかかわらず,はじめに冬の低温を経験します。大抵はこの際に経験する冬の低温は,休眠打破には何ら関与しません。その後,春から夏にかけての高温を経験し,胚の成長が始まります。その後,二度目の冬にもう一度低温を経験することで成長した胚の休眠が打破され,春に発芽します

クレマチスやベニバナヤマシャクヤクも形態生理的休眠を持ちます。発芽には,通常は18ヶ月ほどを要します。

ササユリの種子。ササユリも,子葉の出現の前に地下で球根を形成します。発芽まで18ヶ月近く必要とする,発芽の遅いユリです。

 発芽まで最低でも18ヶ月と大変長い時間がかかるため①のように茶こし袋に詰めて管理しても,鉢に播くのを忘れたりします。ですので,①のい) のように,水やりに自信の無い方は庭やプランターなどに鉢を埋め込んで管理すると安全です。

 ところで,①ではよほどしっかりと管理できる体制でもないと休眠打破をして早期に発芽させてもうまみがないと述べました。こちらの種子は秋に採取した種子を冬の間に休眠打破し,春に発芽させられさえすれば,通常どおりの管理で栽培可能です。

 実際,ユリ属やアマドコロ属などでは早期に発芽させる手法が確立しています。一例としてヤマユリの休眠打破方法を挙げます。種子を湿らせた清潔な用土(バーミキュライトなど)と混ぜて袋に入れ,30℃日60間⇒20℃日30間⇒5℃50日間の順に温度を下げていきます。ここまで終わった時点で,袋の中に小さな球根が出来ています。ヤマユリは地下発芽性で,この小球根が生理的休眠を持っているのですが,5℃での処理が終わった時点で休眠が打破されています。10月中旬頃種子を採種したとして,3月の頭暗いでしょうかこれを野外に播き出すと,通常よりもおよそ1年間早く発芽させることが可能になります。ただし,一般にこの方法を使用すると,野外で自然に発芽させるよりも発芽率が低下します。ですので,貴重な種で試す際は,メリット,デメリットをきちんと天秤にかけた上で実行してください。尚,発芽までの間に菌害,虫害を受けやすいような種子(例えばウコギ科の仲間)では,休眠打破して播種した方が発芽率が高い場合もあるようです。是非色々チャレンジしてみてください。

 

※ユリの種子は,基本的に形態生理的休眠と思っていただいて構いませんが,程度に差があります。例えば,オトメユリ,サクユリ,ササユリ,ヤマユリは上記のように発芽に18ヶ月ほど要しますが,地下発芽姓でもエゾスカシユリカノコユリクルマユリなどはもっと短期間に発芽します。イワユリ(スカシユリ)やノヒメユリ,ヒメユリに至ってはそもそも直に地上に子葉が出現するほか,適温であれば2,3週間で発芽します。このように,同属であっても一概に休眠の深さは同一視出来ませんので,もし実生の仕方が判らない植物があった場合は,まずは普通に播いて,観察してみましょう。

左がスカシユリの花,右がエゾスカシユリの種子です。どちらも形態生理的休眠を持ちますが,スカシユリは数週間,エゾスカシユリは2,3ヶ月で発芽に至ります。同属内でも休眠のレベルが異なる良い例です。

用土について

 用土に関しては,前回の生理的休眠の種子と同様で構いません。ただし,発芽までにかかる時間が長いため,崩れにくい用土を使用することをお勧めします。冬の凍結で用土が崩れると,水捌けや通気性を損ねるためです。値は張りますが,硬質鹿沼土焼成赤玉土と火山砂礫類(軽石砂,日向土,蝦夷砂,桐生砂など)の混合,寡雪寒冷地のようなより凍結の激しい地域では,硬質鹿沼の代わりに日光砂などを使用すると良いでしょう。ただし,すべてを硬質の用土に置き換えると用土自体があまり水を吸わないため,かえって管理を難しくしてしまうことがあります。硬質鹿沼を使ったら赤玉は普通の物を使うとか,焼成赤玉を使ったら鹿沼は軟質の物を使用するとか,そういった工夫が必要です。

 形態生理的休眠の植物の中には,発根と発芽(正確には,子葉の地上への伸長)に数ヶ月ずれがある場合がありますフクジュソウ属やセツブンソウ属のような春植物,ユリ属の様な地下発芽する植物,ミスミソウ属やクリスマスローズセンニンソウ属のようなキンポウゲ科の仲間などで多く見られる特徴です。これらの植物は,子葉が出る前から地中に根を伸ばしているので,肥料を与えると年目の成長に弾みをつけてやることが出来ます。しかし,発芽するまでの間,こまめに除草が出来ないと緩効性肥料を添加していると,草に埋もれてしまうことも・・・除草に余計な手間ばかり増えてしまう場合も。そんな方は,液体肥料を活用しましょう。発根が始まる10月下旬頃から週に一度から2週間に一度程度,2,000倍ほどに希釈した液体肥料を与えると,その後の成育を後押ししつつ,それまで用土を貧栄養かつ清潔な状態に保つことが可能です。

播種の仕方

 播種の方法自体は,生理的休眠の種子とほぼ変わりません。有胚乳種子である分,微細な種子が少ないため扱いはこちらの方が楽かもしれません。

 一点,キンポウゲ科には採種適期になっても種子が緑色をしている物があります。このような種子は,散布後にしばらく光を浴びることで完熟するといわれています。ですので,播種時は粗めの用土の間に種子を落す程度とし,覆土は十四日から二十日ほど後に,改めて行うと良いでしょう。オウレン属やフクジュソウ属,ミスミソウ属などが当てはまります。

※ただし,雪割草の栽培家の方でこんなことをしなくても十分に実生栽培を上手くやっておられる方はたくさんいらっしゃいます。筆者も正直懐疑的なので,いつか検証を行いたいと思います。

播種後の管理

 管理方法も,生理的休眠の種子とほぼ同様ですが,一部注意点があるので以下に纏めます。

 まず,前述したように秋に発根が始まる種子の場合,冬場に用土が凍結・融解を繰り返していると根ごと種が浮いてきてしまい,乾いて枯れますなるべく気温の安定した野外に置き,一度凍り付いたらなるべく融けないよう管理をしましょう。浮いてきてしまった種子は,埋め戻すか上から覆土を追加して乾かないようにしましょう。春植物の場合,私の住んでいる南関東では2月の上旬くらいから発芽が始まりますので,その頃には日当たりの良い場所に移動してください。

 これらの植物は,多くが湿り気の多い場所に自生しています。特に春植物の種は,多くが乾燥に耐性のない,比較的柔らかい種です。ですので,播種床はあまり乾燥させないように管理しましょう。よく植物は乾湿の緩急をつけることで根を伸ばすと言われます。実際その通りで,鉢の内部まである程度乾かすことで根が水を求めて長く伸びます。しかし,それはあくまでも成体の植物の話です。根のない発芽前の種子や,発芽直後の苗にはそんな体力はありませんので,過度に乾燥させないようしっかり水の管理をしましょう。自信の無い方は,種子の管理の項で述べたように庭やプランターに鉢ごと埋めても良いですし,腰水管理でも良いと思います。そのあたりは,ご自身の栽培環境と良く相談の上工夫してみてください。

 

 かなり長くなりましたが,形態生理的休眠の種子のまき方についてはひとまず以上です。こちらも色々つらつら書きましたが,生理的休眠の種子同様実際に管理する段になればやらなければいけないことはさほど多くありません。また,当然のことですがご自身の住んでいる地域の環境,栽培管理によっても適する用土や管理は変わりますので,色々と試してみてください。今回の内容も,とりあえず試してみるのに使えるかな?くらいに考えていただければ幸いです。コツを覚えて,是非楽しい実生ライフをお送りください!

 それにしても,なるべく簡素に纏めるつもりでしたが,結局ここまで長くなってしまいました。そのうち,引用文献などもしっかりつけた形で纏め直す必要がありますね・・・。

 さて,次回は種子のまき方の最終回です。物理的休眠の種子や,多少変わった種子のまき方について纏めようと思います。それではまた次回!