minekaede2023’s blog

キンポウゲ科の沼に沈みましょう。

種子のまき方について⑤ 物理的休眠や,変わった特徴を持つ種子

 種子のまき方の最終回です。ずいぶん間が開いてしまって申し訳ありません。今回は,物理的休眠や変わった特徴を持った種子の播種について纏めたいと思います。

①物理的休眠の種子

い) 該当する種

 物理的休眠は,日本ではウルシ科やマメ科フウロソウ科などの種子で見られます。これらの種子は,土壌中で休眠をしながら発芽に適した条件が整うのを待てるように出来ています。山が崩れたり,川が氾濫したり,山火事が起きたり,そういった地表の植生がリセットされるタイミングを待って発芽するこれらの植物は,土の中で何年も何十年もチャンスをじっと待つ必要があります。そのために,分厚く頑丈な種皮を用意しました。厚い種皮に守られて,糸状菌や細菌に腐らせられる事も無く,酸素や水をほとんど消費しない低活性の状態を何十年も維持します。その後,運良く山崩れや川の氾濫の際に土砂にもまれ傷が付いたり,山火事の熱で種皮がふやけると種子が水や酸素を吸えるようになり,発芽可能になります照葉樹林などを歩いていると,カシやシイの大木が倒れた後にアカメガシワやカラスザンショウの実生がたくさん生えていることがありますが,これらも物理的休眠を持つ種子です。有機質に富んだ森林の表土に太陽光が射すようになると,表面付近は50℃程度まで地温があります。その熱で種皮がふやけると,いち早く発芽して大木の空けた空間を占有しにかかるわけです。このような環境をギャップといい,こうした場所で新しい植物が育つことをギャップ更新といいます。

ろ) 種子の管理

 物理的休眠の種子は,土の中で何年,何十年も発芽するチャンスをうかがうためにかなり頑丈な種皮を持っています。そのため,多少手荒く扱っても内部が劣化するようなことはありません。基本的に乾燥には耐性のある種子が多い(そもそも外部の乾燥が内部に影響するようでは,土中で何十年も休眠が出来ません)ので,十分に乾燥させた後に通気性の良い封筒などの袋に入れて冷蔵庫に入れておけば十分でしょう。

は) 休眠打破の方法

 発芽させるためには,頑丈な種皮をどうにかする必要があります。基本的には種皮を傷つけて,種子の内部が吸水やガス交換出来るようになれば自ずと発芽してきます。方法はいくつかあって,①傷をつける②酸で表面を溶かす③熱湯に浸す,このあたりが古典的ですがポピュラーかと思います。

 ①の傷つけはアサガオやオクラの種でやったことがある方もいるかもしれません。種皮に傷をつけたり,一部を切除することで内部を少し露出させ,吸水やガス交換をさせてしまおうという方法です。アサガオのように比較的大きめの種子では刃物で種子の一部を切除したり,針で種皮に穴を空けたり,金ヤスリで傷をつけることも可能ですが,小さい種ではなかなかそうもいきません。こうした種は,サンドペーパーに挟んでこすったり,花崗岩砂礫のような角張った砂と混ぜて良くもみ合わせたりして傷をつけます。なお,日本の植物ではあまり覚えがありませんが,熱などの刺激で種皮にある栓が外れる機構を持っている仲間が乾燥地にはいます。こういった植物の場合,ナイフなどで栓をこじ開けてやると,それだけでガス交換や吸水可能な状態にすることが出来ます。

 ②は酸化力が強く反応スピードが比較的遅い濃硫酸に種子を浸し,種皮に強制的に穴を開ける方法です。小さな種子でも実施可能ですが,ご家庭では廃液の処理,濃硫酸の管理自体に問題があるほか,浸漬時間を失敗すると種を全滅させてしまうためおすすめはしません

 ③は種子を熱湯(80~90℃)に数分間浸し,種皮をふやかしてやる方法です。この方を方法を試す場合,まず事前に種子を1日ほど浸水刺せておくことをおすすめします。というのも,大抵の場合種皮の硬度にはばらつきがあることが多いためで,最初からすべての種子を熱湯に浸してしまうと,水で戻るような種皮の比較的薄い物が茹で上がってしまうためです。一日水につけて,吸水しなかった種だけを処理すると良いでしょう

に) 播種について

 処理が終わった種子は,一日から二日浸水し,十分に吸水させましょう。吸水後,播種の方法は以前の項で取り上げました生理的休眠などの種子と同様です。

 一点気をつけることとして,一般に物理的休眠の種子は休眠が打破されるとすぐに発芽し始めます。そのため,休眠打破処理は発芽した実生苗の生育に適した時期に行うようにしてください。休眠打破した種は,長く保存は出来ませんので注意してください

②複合休眠の種子

い) 該当する種

 二つ以上の休眠が組み合わさった物を複合休眠と言います。物理的休眠にもう一つ何か別の休眠が合わさることが多いです。例えば,ホオノキやコブシなどモクレン属の種子は物理的休眠と形態生理的休眠の複合休眠です。ウルシやヤマウルシも,物理的休眠と生理的休眠の複合休眠です。

ろ) 種子の管理

 複合休眠の植物の種子の管理は物理的休眠に準じますが,モクレン属のような森林性の植物では,あまり乾燥保存が向かない場合がありますので注意してください(そもそもモクレン属の場合,物理的休眠を持つのは全体の数%程度のようです)。 

は) 休眠打破・播種の方法

 休眠打破の方法は物理的休眠と同様ですが,その後生理的休眠や形態生理的休眠を打破するために,湿潤条件で特定の温度条件を経験させてやる必要があります。そのため,秋に種子を採取した後すぐに播種し発芽を待つ形になるかと思います。

 また,ウルシ属やモクレン属のように森林内部のギャップで更新する植物の場合,前述した通り発芽に高い温度を要求する場合があります。これらの植物を発芽させたい場合,播種床を日光の良く当たる場所に置き,春にガンガン地温を上がるようにしてやると良いでしょう

③その他の種子

い) 水草の種子

 水草と言っても色々ありますが,主に問題になるのは水中で種子が熟し,散布される植物です。良く栽培されるのは,ヒツジグサなどスイレンの仲間,コウホネの仲間,オニバスミズアオイ,ヒシの仲間,ヒシモドキなどでしょうか。このような水中で成熟する植物の種子は,多くが乾燥するとそのまま種子の死に直結します。そのため,ジャムの空き瓶などに水とともに封入し,保存する必要があります。また,あまり休眠が発達しておらず,水温の上昇と発芽が直結する植物もあります(例えばミズアオイ)。そのため,甁ごと冷蔵保存するのが確実です種子を小分けにする際なども手早く行い,播種できない時期の場合はすぐに冷蔵庫に戻しましょう

 水上で種子が成熟する植物の場合は,生理的休眠や形態生理的休眠など種子の性質ごとに播種を行えば大丈夫ですが,湿性の植物の種子はあまり乾燥に耐性が無いことが多いので注意しましょう。

ろ) 寿命が短い種子

 非休眠種子の中には,散布されてすぐに発芽に好適な条件にたどり着けないと死んでしまうものがあります。ヤナギ科の風散布種子(ヤナギ属,オオバヤナギ属,ケショウヤナギ属,ハコヤナギ属など),オキナグサなどが該当します。これらの種子は発芽能力を保っている期間が短いだけでなく,乾燥にも弱い場合が多く採種後にいかに乾かさずに早く播種するかが鍵となります。オキナグサの場合は多少猶予がありますが,ヤナギ属の場合は数日で発芽能力を喪失する場合が多く,文字通り時間との勝負です。こういった種を播きたい場合は,事前に播種床を用意しておき,種子を採取し次第すぐに播くのが良いでしょう。どうしても保存したい場合は,フィルムケースなどの密閉できる容器に入れ冷凍庫で凍結保存することで保管が可能と言われていますが,家庭用の冷凍庫では温度が安定せず,多少分の悪い賭けになることには留意して下さい

は) 好光性種子と嫌光性種子

 好光性種子はレタスなどに代表される,発芽に光を必要とする種子です。キク科やセリ科の草原性の植物や,アジサイ科,ツツジ科,シュウカイドウ科などの微細な種子がこれに該当します。こういった種は播種床を明るい場所に置き,播種時はなるべく覆土をしないか,極薄くにとどめると良く発芽します。微細種子の場合元々種子が細かいため,用土は水苔か粒径の小さい物を使用して播種は覆土を必要としませんし,それ以外の場合も播種床の表面に粒径の大きな用土を敷き粒と粒の間に種子を落していけば良いので,こちらは比較的問題ありません。

 問題は,嫌光性種子です。発芽時に光が阻害要因になる植物で,森林性のものなどに見られます。キンポウゲ科は一部散布後に光を浴びることで成熟するくせに,多くが嫌光性ですし,ネギ属やナス属,海外産だとシクラメン属が嫌光性です。シクラメンの場合,播種し覆土した後保湿のため播種床をビニール袋に入れ,蓋をした発泡スチロールのトロ箱内で管理する方法がありますキンポウゲ科やネギ,ナスの仲間は比較的発芽に時間がかかるほか,発芽に必要な温度条件も複雑なためトロ箱に入れてしまうのは問題があります。なので,発芽するまではなるべく日の当たらない暗めの棚下などで管理すると良いと思います。勿論,発芽し始めたら各々の植物に適した環境に移してやって下さい。覆土をしっかり行えば問題なく発芽しますが,どうも暗いところで管理した方が発芽率が上がるのでは,と最近人から教えていただきました。このあたり,今後検証の予定ですのでごゆるりとお待ちください。

に) 煙発芽性種子

 本邦ではあまりなじみがありませんが,乾期,雨期がはっきりしている気候下や乾燥気候では,頻繁に山火事が発生し植生に大きな影響を与えている場合があります。

 代表例としては,オーストラリアのユーカリ林が挙げられます。ユーカリ属の仲間には,わざわざ可燃性の製油を気孔から放出し落雷の際に発火しやすくしている(!),そんな種類もあると言われています。実際,ブルーマウンテン国立公園の青い霞は,ユーカリ精油成分によるものです。彼らは定期的に山火事で焼かれることで種子由来の若い個体への更新を促し,山火事に適応できなかった樹木を群落内から閉め出してきたと推測されています。ちなみに,燃えたユーカリの親木も地下から萌芽し,再生することが可能です。

 他にも,プロテアやバンクシア,北米西海岸沿いのマツの仲間には,火事により果実や球果が燃えないと種子が散布されない物もあります。日本で導入されている植物では,ブラッシノキがその類いになります。幹に古い果実が残っていることが多いですが,割ってみると中にはまだ種が入っています。灰皿の上などで火をつけてやると,果実の蓋の部分が開き,種がこぼれます。

 こういった植物の種子は,前述した物理的休眠の種子と性質は似ていますが,一切合切燃え尽きて,灰が堆積した地面で発芽するためあまり雑菌には耐性はありませんので,なるべく清潔な用土を使用するようにします

 また,一部の種では山火事の際に植物が燃えることで発生する物質が発芽のトリガーを引いていることが判ってきました。これが煙発芽性です。これまでの研究で,カリキンと呼ばれる化学物質群が関与していることが判ってきました。火事後の植物残渣に含まれることも判ってきています。近年は,オーストラリアからスモークペーパーと呼ばれる休眠打破用のグッズが輸入されていますが,入手が難しい場合は植物の灰でも構わないと推測されます。私もまだあまり明るくない分野ですので,わかり次第随時追加の情報を更新したいと思います。

 

 さて,長々と更新してきた種子のまき方についても今回で最後になります。当然,もっと楽な管理方法があるぞ!という方もいらっしゃると思いますので,是非コメントにてお知らせ下さい。引用文献付きの詳細な物は,いずれ書きますのでしばしお時間を下さい。それでは皆様,良い実生ライフを!