minekaede2023’s blog

キンポウゲ科の沼に沈みましょう。

種のまき方について③ 生理的休眠の種子のまき方

 前回の更新から大分間が開いてしまって申し訳ありません。写真の用意などに手間取りましたが,播種作業が遅れていてなかなか撮れませんでした。足りない写真は後日更新するとして,見切り発車的で恐縮ですが更新してしまうことにします。

 今回から,種子の休眠の性質を踏まえて種のまき方を考えてみたいと思います。

まずは,日本で一番オーソドックスな生理的休眠を持つ種子の播種についてです。

生理的休眠とは

 種子の中にある子葉や根の元の組織が,特定の条件を経験しないと発芽できないようになっているの休眠を生理的休眠と呼ぶと②の後編で述べました。この休眠はバラ科ムクロジ科,ツツジ科,カバノキ科,ブナ科などの日本の植物に広く見られます無胚乳種子ばかりというのが特徴です。日本では主に冬の低温がトリガーになっている植物が多く,概ね30~90日ほど湿潤条件下で低温要求があります。

生理的休眠の種子の例です。左からカラフトイバラ(バラ属),イロハモミジ(カエデ属),エゾオヤマノリンドウ(リンドウ属)です。生理的休眠には程度の差があり,休眠が弱い物は発芽適温で播種すれば発芽する場合もあります。

種子の管理について

 さて,よく考えて戴きたいのが,多くの種で休眠打破のトリガーが一定期間湿潤条件で低温条件に暴露されると言うことです。バラ科のサクラ属やキイチゴ属,オランダイチゴ属や,ツツジ科のスノキ属など,夏に散布される種子でもこの特徴は変わりません。つまり,これらの種子を採種後すぐに冷蔵庫などで低温湿層処理にかけてしまうと,秋や冬に休眠が打破されてしまいます。そんな時期に休眠を打破しても,大抵は上手く管理できずに枯らしてしまうことが多いです。ですので,低温湿層で休眠打破ができるからといっても,いたずらに打破処理を行っても良いことは何一つありません。そもそも,湿潤な気候である本邦の植物の種子は,多くが長期間※1の乾燥に耐えられるような仕組みを持っていません。ですので,夏に成熟する種子も,秋に成熟する種子も,基本的には生理的休眠の種子の播種は,採ってすぐ播く取播きが最適解※2になります。

 ・・・そうは言っても,夏に播種して翌年の春まで何も出ていない鉢を乾燥させないように管理なんてできない,という方もいらっしゃると思います。そんな方は多少発芽率が下がっても,貯蔵をするのが良いでしょう。例えば,ホタルブクロやオダマキ,トモエソウなどの鞘に入っている種子は,半年や一年といった期間であればカビが生えないよう表面を乾かし,冷蔵保存することで貯蔵が可能です。この場合,秋遅くまで待ってから播種すれば,野外で鉢を管理する期間を短くできます。

 また,サクラのような果肉のある種子や,ドングリ類などの乾燥に弱い種子は,茶こし袋やだしパックなどの不織布の袋にパーライトなどの清潔な砂と混ぜて詰め,庭や植木鉢の浅い場所(10㎝ほど)に埋めれば暫くは保存可能です。ただし,大抵は冬の間に発根が始まりますので,持って数ヶ月といったところでしょうか。

 厳密には野菜室⇒冷蔵庫⇒冷凍庫と徐々に温度を下げながら低湿度条件で冷凍保存すると長期間に渡り保存できる種子も多々あるのですが,家庭でそこまでするメリットは正直あまりありませんので,さっさと播いてしまいましょう。

 

※1 多くの樹木の種子で2,3年,蒴果で散布される草本類でも5年程度冷蔵庫内で持てば御の字でしょうか。しかも,大体において発芽率は低下していきます。乾燥地由来の園芸植物だと,きちんと密閉して保存すれば冷蔵庫内でもそれなりに保存が利きますが,湿潤な日本に自生する植物に同様の保存期間を求めるのは酷というものです。勿論,物理的休眠をする種子は例外です。

 

※2 中には例外もあります。冷蔵庫などで乾燥貯蔵をしていると,取播きよりも発芽率が向上する種子が希にあります。筆者はクロイチゴ(Rubus mesogaeus Focke var. mesogaeus)で経験しました。植物生理学的には今ひとつ原理が不明なのですが,貯蔵期間中に種皮が乾燥しひび割れることにより,ガス交換や吸水が上手くいくようになったのではないかと考えています。鳥が散布する植物で,先駆的な生態を持つ物の中には生理的休眠と物理的休眠を併せ持つ物がおり,種子も小さいことが多いので意外と安定して発芽させるのは厄介です。

用土について

 さて,発芽の三要素は水,酸素,発芽に十分な温度だというお話は②の前編でしました。実は種子は,この三要素が揃っていれば土なんて無くても発芽します。なので,究極的に言ってしまうと播種の際使用する用土は,どんな物でも構いません。

 ただし,発芽した後暫くは播種した用土で苗を育てなければいけませんので,最低限気をつけることはあります。それは,清潔であること,そして保水性・通気性に優れている事です。基本的には生理的休眠の種子は低温で休眠打破されますが,それでも一斉に発芽することは少なく,播種後数年間パラパラと発芽が続く場合が多々あります。そういった際に,種子が腐敗しにくいように雑菌が繁殖しにくい物を使用します。また,発芽直後の苗は乾燥は厳禁ですが,当然根の伸長には酸素が必要です。そのため,適度に水分を保ちつつ,水はけの良い土壌を目指す必要があります。実際に配合する際は,硬質鹿沼土軽石砂,赤玉土など無機系の用土や,ピートモス,乾燥水苔のような殺菌力のある用土を使用すると良いでしょう。特に,種子が小さい植物の場合は小粒の無機系用土に刻んだ乾燥水苔ピートモスを一,二割ほど混ぜてやると発芽しやすくなります。

播種の仕方

い) 一般的な大きさの種子

 播種した種子の大きさと同等の覆土をすると良いと言われています。これは,種子が風や水で移動するのを防ぐほか,乾燥を防ぐ,子葉が種皮から脱出しやすくするなどの効果があるようです。ですので,鉢の七分目ほどまで用土を入れ,種を均等にばらまいたら上に0.5~1㎝ほど覆土をしてやれば,大体の種子は大丈夫です。ただし,オダマキやキクの仲間,セリの仲間の種子は発芽に光を必要とする場合があります。これを好光種子といい,あまり覆土を厚くすると発芽し難くなります。対策としては,表面に粗めの用土や砂礫を敷き詰め,粒の間に種子が落ちるようにすると良いでしょう。このようにすると覆土なしでも種子が乾燥せず,光を浴びやすくなります。

 播種後は鉢底から水が流れ出るまでたっぷり散水します。霧吹きなどで表面だけ湿らせても内部まで水はなかなか浸透しません。ジョウロやハス口付きのホースで散水しましょう。

 

播種したら,種の倍ほどの厚さの覆土をします。上の写真ではエゾカワラナデシコの種子ですので,実際は種子の厚みよりは覆土が厚くなっています。なるべく清潔な用土を使用するようにしましょう。

ろ) 大きな種子の場合

 ドングリやツバキなど大きな種子の場合,種子が大きいので覆土は厚くする必要があります。また,これらの種子を播種する際は,横倒しで播くようにすると根も芽も素直に伸びやすくなります。

 播種後の散水はい)と同様です。

は) 微細な種子の場合 

 ツツジやリンドウなど,非常に細かい種子の場合は覆土は行いません。用土を鉢の八分目ほどまで詰め,水を十分に撒き事前に吸水させた用土に,パラパラと播くだけで大丈夫です。このとき,一カ所に固まって播種しないように細かい砂と種子を混ぜてまいたり,二つ折りにした葉書などから少しずつ落して播くと良いでしょう。播種後は,ジョウロなどで水を撒くと種が飛び散ってしまう場合があるので鉢底に受け皿を噛ませ,底面吸水で水を吸わせると良いでしょう。

細かい種子の例。種子が動きにくいように表面に敷き詰めた軽石砂の間に,種子を落します。

播種後の管理

 発芽までは乾燥は厳禁です。鉢の表面の用土が白っぽくなってきたら鉢底から水が流れ出てくるまでたっぷり散水して下さい。底面吸水の場合は,なるべく毎日水を交換しましょう。ボウフラ対策にもなります。秋や初冬に播いた場合用土が凍結する場合がありますが,山野草の場合生理的休眠の打破に有効であることが多く,気にしなくて大丈夫です。むしろ,暖冬気味で冷え込みが足りない場合の方が発芽が不揃いになることも...。ですので,しっかり寒さに暴露するようにしてください。雪国の場合は雪の下に埋めてしまうのも手です。太平洋側や内陸気候の場合,強い凍結で種子が用土の表面に浮いてきてしまう場合がありますが,露出して乾燥するのは良くありません。適宜埋め戻すか,覆土を追加してやりましょう。なお微粒種子の場合は,あまり心配しなくて大丈夫です。

カゴトレーなどに入れて管理すると,ひっくり返すなどの事故が減ります。水の管理に自信が無い場合は,更に下にトレーなどを敷き腰水管理をすると良いでしょう。

 発芽までの期間は種子によっても異なります。すんなり発芽してくれる場合もあれば,数年にわたってパラパラと発芽し続ける場合もあります。発芽するまで気長に管理しましょう。あまり病気が出ない土地であれば,鉢を半分ほど地面に埋め込んでやると管理がし易いです。

 発芽までに時間がかかる種子の場合,表面が雑草などの他の草に覆われてしまうと発芽しにくくなることがあります。除草作業はこまめに行いましょう。種子ごと捨ててしまわないよう,雑草がなるべく小さい間に抜き捨てるようにしましょう。

 

 さて,ここまでざっくりと生理的休眠の種子の播種について述べました。いかがだったでしょうか。色々つらつら書きましたが,実際に管理する段になればやらなければいけないことはさほど多くありません。また,当然のことですがご自身の住んでいる地域の環境,栽培管理によっても適する用土や管理は変わりますので,色々と試してみてください。今回の内容は,とりあえず試してみるのに使えるかな?くらいに考えていただければ幸いです。コツを覚えて,是非楽しい実生ライフをお送りください!

 次回は少し癖のある,形態生理的休眠を持つ種子のまき方についてです。お楽しみに!